寒い冬は鍋でキメッ!
「う〜ん、美味い!やっぱり寒い冬は鍋だよな〜」
「ユーリ、熱いから気をつけてくださいね。舌を火傷しないように俺が『ふーっふーっ』と冷ましてあげますよ」
「恥ずかしいからマジ勘弁してくれコンラッド。って言うか、そんなくらい自分でやるよ子供じゃないんだから」
「それは残念、せっかくユーリに『あーん』って食べさせてあげられると思ったのに」
「何言ってんだよ、馬鹿」
「馬鹿とは酷いですね」
寒い冬、それは心身共に温まる鍋物の美味しい季節。
鍋の中には色とりどりの野菜や、魚や貝などの魚介類がびっしりと詰まっていた。
その鍋を囲んで食事をする第27代魔王こと渋谷有利と、その護衛であり名付け親であり恋人でもあるウェラー卿コンラートことコンラッドが、無自覚にいちゃこいてたりしている。
コンラッドの方は決して無自覚などでは無く、わざと見せ付けてるのは言うまでも無いが。
そんな甘々バカップルを間近で見せ付けられ、砂を吐きまくっている1人の傍観者がいた。
「・・・・・・おいっ!」
「何だ?アーダルベルト」
「『何だ?』じゃないだろうコンラッド、人前で無遠慮にいちゃつきやがって」
そんなアーダルベルトの発言に、ユーリが背後で『いちゃついて無いっ!!』などと顔を真っ赤にしながら反論していた。
これでいちゃついて無いと言える時点でかなり天然が入ってるなと思ったアーダルベルトだった。
とりあえず、それは無視しといてコンラッドと会話を再開する事にした。
「いきなり人を呼びつけたと思ったら鍋の材料はあるから鍋料理をしてくれだなんて、お前等はいったい俺を何だと思ってるんだ?」
「まぁいいじゃないか、お前の料理の腕は俺やそこら辺の料理人よりよっぽど上手い。それに、ユーリだって喜んでくれてる事だしね」
「結局はお前等の都合かよ」
「ごめんな?アーダルベルト。俺がコンラッドの前であんたに鍋料理作ってもらいたいな〜、なんて言ったばかりに」
すっかり呆れ顔となったアーダルベルトにユーリは心底申し訳無さそうだった。
「いや、呼ばれて要件も聞かずに来たのは俺だからな。それに、料理は嫌いじゃないから気にするな」
沈んでしまったユーリの頭にぽんっと手を置いて、アーダルベルトは言った。
そう言ってくれたアーダルベルトに少し安心したユーリだった。
「ユーリに触るな!アーダルベルト」
コンラッドがユーリの頭に置いてある手を払いのけながらアーダルベルトを睨みつけた。
「何だよ、コンラッド。少しくらい良いじゃねぇか、嫉妬深い男だな」
「ジュリアの事であんだけ嫉妬深かったお前に言われたくないな」
「婚約者の事で嫉妬して何が悪い?」
「それなら、俺だって恋人の事で嫉妬して何が悪いんだ?」
何やら不穏な空気が流れてきたのをユーリが打ち切った。
「2人共そこら辺で止めとけよ。せっかくの鍋が煮詰まっちゃっても知らないからな」
2人は渋々ながらも言い争いを止めた。
「仕方無い、魔王陛下に免じて今日のところはこれくらいで勘弁してやるよ」
「それはこっちの台詞だ!」
いい加減にしろ大人気ない2人組め。
ユーリはアーダルベルトの料理にぱくつきながら褒め称えていた。
「それにしても、アーダルベルトの料理は美味いよな〜。本当、軍人にしておくのが惜しいよ」
「・・・・・・・・・」
ユーリの発言にアーダルベルトが目を見開き、じっとユーリを見つめた。
「どうしたんだよ?アーダルベルト。俺、何か悪い事言った?」
ユーリは自分が余計な事を言ってしまって、アーダルベルトの機嫌を損ねてないかと心配になった。
「いや、ジュリアもお前さんと同じ台詞を言われた事があったから少し驚いただけだ」
そう、アーダルベルトはユーリの『軍人にしておくのが惜しい』という台詞から、ジュリアと出会って間もない頃の事を思い出していた。
同じ魂だけあって、何か共有するものがあるのかもしれないな。
こいつはジュリアよりよっぽど上品だがな。
「そっか・・・、ジュリアさんもあんたの作った料理が大好きだったんだな」
「ジュリアは俺にもアーダルベルトの作った料理は最高だ!って褒めてましたよ。正直、俺もアーダルベルトの料理を口にするまではこれ程上手だなんて信じられ無かったんですが」
「確かに、こんなマッチョ体形の人が実は凄く料理が上手でしたなんて言っても信じられないよな」
ユーリとコンラッドが笑ってるのを見たアーダルベルトが『ほっとけ!』と言っていた。
「そういやぁ、コンラッドに初めて俺の料理を食わせたのも鍋物だったよな。俺とジュリアとお前の3人で鍋を囲ってな」
「そう言えばそうだったな、懐かしいな」
「ジュリアさんもあんた達と一緒に鍋をした事があるの?」
「えぇ、あの時はジュリアがいきなり鍋料理が食べたいって言い出したんですよ」
「そうなんだ、その時は何鍋をしたの?今日みたいに野菜と魚介類を中心とした鍋?」
ユーリの質問にアーダルベルトが答えた。
「熊鍋だ」
「・・・・・へっ?今、何て?」
「だから熊鍋だ」
アーダルベルトの言葉に信じられないユーリだった。
「本当に?」
「本当ですよ」
次の質問にはコンラッドが答えた。
「熊って地球と同じ、あの黒っぽくて獰猛な生き物だよね?」
「はい、俺達でさえ油断してたら食われてしまうあの獰猛な熊です」
アーダルベルトとコンラッドの発言には、流石のユーリも言葉を失ってしまう。
「熊って普通に市場とかで売ってるもんなの?」
「熊の毛皮はともかく、生の熊が売ってるわけ無いだろう」
地球でも猟師さんが捕獲した熊を鍋にして食べる場合もあるって聞いた事があるけど、ここでもそうなのかな?
アーダルベルトとコンラッドの2人なら簡単に熊の1匹や2匹狩れそうだし。
「あんた等でも食べられちゃいそうな熊を、逆に食べちゃうなんてやっぱり2人は強いんだな」
ユーリは2人の強さに本当に感服した。
「鍋の具材にする為に熊を狩ったのは、俺でもアーダルベルトでもありませんよ?」
「はい?」
実を言ってしまうと、熊を仕留めてきたのはコンラッドでもアーダルベルトでも無い。
それは・・・・・・
「「熊を狩ったのはジュリアだ(です)」」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「えぇ〜〜〜〜〜〜?!」
「ちなみに言うと、俺とアーダルベルトの手なんか借りずにジュリアが1人で熊を仕留めたんですよ」
「嘘ぉ〜〜〜〜〜〜!!」
あっけらかんに言うコンラッドの台詞にさらに絶叫したユーリだった。
あの獰猛で人なんか簡単に襲ってしまう熊を、女性1人で狩ったなんて知ったらユーリじゃなくても絶叫してしまうだろう。
「言っておくが、俺達だって最初から熊鍋なんぞやろうとは思って無かったからな」
熊鍋は意外と美味かったけどな。
「どういう経緯を辿ったら熊なんか狩って、鍋にする状態に陥っちゃう訳?」
何やら混乱状態になっているユーリに、2人は最初から説明する事にした。
あの時も今の様な寒い冬の季節だった。
「寒い冬には鍋物!という事で私達3人で鍋をやりましょう」
何の前触れも無く、ジュリアがいきなり鍋をやりたいと言ってきた。
「何故いきなり鍋なんだ?」
そんな彼女にコンラッドが質問をした。
「良いじゃない、コンラッド。いくら鍛えてるとは言え、寒い物は寒いの」
「確かに、こう寒い日が続くと暖かい物が食いたくなるよな」
「よく解ってるじゃない、アーダルベルト。私、あなたが作った鍋料理を食べてみたいわ」
ジュリアは『駄目かしら?』と首を傾けながらアーダルベルトにお願いした。
「駄目な訳が無いだろう、早速ジュリアの為に作ってやるよ」
「ありがとう、アーダルベルトvv」
婚約者のジュリアには甘いアーダルベルトが、彼女のお願いを断る訳が無い。
さっそく準備に取り掛かったアーダルベルトだった。
「俺も手伝うよ、アーダルベルト」
「おぅ、悪いなコンラッド」
コンラッドもジュリアには逆らえない為、やれやれと思いながらアーダルベルトの手伝いを始めた。
「それじゃあ、私は鍋とか食器の家具類を用意してくるわね」
流石のジュリアも任せっきりは悪いと思ったのか、物品の準備をやり始めた。
ジュリアは着々と鍋の準備をしている最中、火を熾す為の薪が切れている事に気づいた。
薪を拾いに行くだけとはいえ、勝手にここからいなくなっては心配させてしまいそうので、拾いに出て行く事を厨房で食材や出汁の準備をしている2人に報告しに行った。
「2人共・・・・って、あら?アーダルベルトは何処に行ったの?」
コンラッドとアーダルベルトの2人で準備していたはずの厨房には、アーダルベルトの姿は無かった。
「アーダルベルトなら食料庫に足りない食材を取りに行ったよ」
「私の方も薪が切れてたから、近くの森まで拾いに少し出てくるわね」
「薪ぐらい俺が拾ってくるから、ジュリアはここで待っててくれ」
「私が拾ってくるからいいわよ。コンラッドは一刻も早く鍋料理が食べられる様にアーダルベルトと準備をして待ってて。お腹も空いてきた事だし、早く食べたいわ」
ジュリアは1度行くと出したら聞かない性格なので、いくらコンラッドが止めても無駄だった。
「分かった、ジュリアに任せるよ。あまり遠くまで行かないでくれよ?」
「えぇ、任されたわ。心配しなくても直ぐに戻って来るわよ」
結局はジュリアが薪を拾いに行く事になってしまった様だ。
ジュリアが薪を拾いに出て行って暫くしてから、アーダルベルトが厨房に戻って来た。
「コンラッド、ジュリアの姿がさっきから見えないが何処にいるんだ?」
「ジュリアなら薪が切れてるとか言って、近くの森まで拾いに行ったよ」
「何?!森にジュリアを1人で行かせたのか?」
「あぁ、彼女がどうしても自分が行くと聞かないから」
アーダルベルトはコンラッドを怒鳴りつけた。
「馬鹿野郎!!あそこの森はなぁ、最近はぐれ熊が出るとか言われてるんだぞ」
「それは本当か?!」
コンラッドは、近くの森なら大丈夫だろうという軽率な考えを持った自分を悔やんだ。
「すまない・・・・」
「今は謝ってる暇は無ぇ、早くジュリアを連れ戻しに行くぞコンラッド」
コンラッドとアーダルベルトは剣を持って、森に即行で向かった。
『ぐぉ〜〜〜!!』
森に入った途端、熊の鳴き声らしい音が聞こえた。
いくら拳闘の強いジュリアでも熊と鉢合わせるのは危険だ。
頼むから無事でいてくれ・・・・ジュリア。
2人はそう願わずにはいられなかった。
2人が向かった先にはジュリアがいて、丁度熊と遭遇していた所だった。
「「ジュリア!!」」
熊がジュリアに襲い掛かろうとした時、コンラッドとアーダルベルトは剣を抜いて彼女を助けようとした。
・・・・・しかし、余計な心配だった様だ。
「せいっ!」
ずしーん!!
<
ジュリアに襲い掛かった熊は、逆に巴投げで投げ飛ばされてしまった。
そんな熊を、コンラッドとアーダルベルトは呆然と見つめていた。
それでも襲い掛かる事を止めない熊は、ジュリアの鉄拳や豪快な足蹴りをもろにくらっていた。
とどめは急所に1発鉄拳を入れて、熊は完全に失神してしまった。
熊とのバトルに勝利して、すっきりとした表情のジュリアが2人の存在に気づいた。
「2人共、丁度良い所に来てくれたわ。運良く熊を仕留められた所だから鍋の具材にしましょうvv」
思い掛けない獲物を捕獲できたジュリアは上機嫌だった。
一方、コンラッドとアーダルベルトは文字通り開いた口が塞がらないでいた。
そして2人はつくづくこう思った。
『『この女だけは敵に回しちゃいけない!』』・・・・と。
「・・・という事があって、熊鍋をする事になったんですよ」
「・・・・・・・・・」
本来なら熊に食われなくてよかったねと声を掛けるべきなんだろうけど、悪いが俺は熊の方に同情してしまった。
熊をも返り討ちにする俺の前世であるジュリアさん、恐るべし!
「ユーリも熊鍋をやりたいだなんて今から熊狩りに行かないでくださいよ?」
「俺に熊が仕留められる訳ないだろ!それにしてもジュリアさんって、もっの凄〜く強い人だったんだ」
「まぁな、本当に惚れ惚れする見事な戦いっぷりだったぜ。お前さんにも見せてやりたかったな」
「はぁ・・・、そうですか」
ジュリアの戦いっぷりを見て、アーダルベルトが彼女に惚れ直した事は言うまでもなかった。
END
寒い冬こそ鍋!という事で鍋ネタを書いてみましたが、落ちが鍋とは全然関係ないですね(汗)
あらかじめ報告しますが、ヨシは熊鍋など食べた事はありません!!
そこんとこ誤解のないようにお願いします。
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