鬼軍曹による鬼軍曹の誕生秘話
「くぉら貴様等、何をぐずぐずしているか!?もっときびきび動かんか、この亀共が!!」
「「「「「はっ、申し訳ございません!軍曹殿」」」」」
言わずと知れた医療部隊所属、鬼軍曹ギーゼラ。
普段は優しい笑顔と愛らしい容姿をしている彼女は『鬼軍曹』という単語は全く結びつかない感じである。
しかし、治療の緊急を要する時や兵士達を鍛える時は一片して鬼軍曹へと豹変する。
彼女が鬼軍曹となった時は一兵卒達からは勿論の事、あの我が侭プーことヴォルフラムからさえも恐れられている。
「ははっ、ギーゼラの軍曹っぷりは今日も健在みたいだな」
彼女の鬼軍曹姿を遠くから眺めているユーリは、乾いた笑いをしながら鍛えられてる兵士達に合掌している。
「全く、嘆かわしい。たかだか1人の女に頭が上がらないとは、今の一兵卒共は情けないな」
ギーゼラの尻に敷かれる兵士達を見たヴォルフラムは、『情けない』と言いつつも今の彼女には関わりたく無いと本気で思っていた。
「なぁヴォルフラム、お前とギーゼラって確か幼馴染だったよな?」
「あぁ、僕とギーゼラは幼い頃に知り合ったからな」
「ギーゼラって昔からあんな風だったの?」
「いやっ、昔はあんな風に鬼軍曹化などしなかった筈だが・・・・」
ヴォルフラムは昔を懐かしむ様な遠い目でユーリの質問に答えた。
「えっ、違うの!?俺はてっきりギーゼラは昔からああだったのかと思った」
「ギーゼラがああなったのは、あの『スザナ・ジュリア』の副官になってからだ」
ギーゼラが鬼軍曹になったのってジュリアさんが原因だったんだ・・・・。
俺はヴォルフラムの言った事を、何故だか妙に納得してしまった。
「ユーリもジュリアの話しは少しくらい聞いた事があるだろう?」
「うん、見かけとは裏腹に大変男前な性格だったみたいだよな」
「そうだ、あのコンラートでさえジュリアには頭が上がらなかったくらいだぞ。そんなジュリアをギーゼラは大層尊敬していた」
「へー・・・・」
ギーゼラが『鬼軍曹』となってしまった事に、つくづく納得してしまうユーリだった。
ユーリとヴォルフラムの存在に気づき、ギーゼラは鬼軍曹化を解いて2人の元へと近付いて来た。
「こんにちは陛下、閣下。御2人で何をされているのですか?」
「やぁ、ギーゼラ。今ヴォルフラムからギーゼラとジュリアさんの話しを聞いてたんだ。ギーゼラはジュリアさんの副官だったみたいだね」
「そうなんですか。えぇ、ジュリアはとっても優秀で誰からも慕われる上官でした」
「ギーゼラはジュリアさんの事が大好きだったんだね」
「はい、ジュリアは私にとって尊敬に値する人だったんです。今でも私はジュリアの様な軍人になりたいと思い、目標にしていますから」
ギーゼラは何処かうっとりする様に囁いた。
「ギーゼラは立派に医療部隊に努めていると僕は思うぞ。十分過ぎる程、スザナ・ジュリアの遺志を継いでいるではないか」
ギーゼラはヴォルフラムにきっと向き直って言った。
「いいえ、閣下。私はまだジュリアの足元にも及びません。少しでもジュリアに近付く為、日々刻々と精進するのみです!」
それを聞いたユーリとヴォルフラムは『もう十分過ぎです!』と思っていた。
そんな2人の心境とは裏腹に、ギーゼラは握り拳を作って燃えていた。
「そういえばギーゼラって、いつ頃からジュリアさんの事を尊敬していたの?」
「ジュリアの事は、初めて出会った頃から尊敬していました。彼女の部下として就いてから、『もっと彼女の役に立ちたい、力になりたい!』という思いが増すばかりでした」
見た目とは裏腹なとんでもない女だったとしても、スザナ・ジュリアはギーゼラにとってとても良い上官だったという事がユーリとヴルフラムにも伝わっていた。
「そうか、良い上官に巡り会えて良かったなギーゼラ」
「閣下・・・・えぇ、私はジュリアの元に就けて本当に幸福でした」
ヴォルフラムとギーゼラは、お互いの顔を見て微笑みあった。
もっとジュリアとギーゼラの事を聞きたくなってきたユーリとヴォルフラムだった。
「ねぇ、ギーゼラとジュリアさんが初めて出会った頃の事、もっと聞いても良いかな?」
興味津々で聞いてきたユーリに、ギーゼラは笑顔で頷く。
「はい、勿論良いですよ陛下」
私も陛下と閣下に話したい。
私とジュリアが初めて出会った時の事を・・・・・。
「初めまして、あなたが今度医療部隊に入隊する新人さんね。私はフォンウィンコット卿スザナ・ジュリアよ」
ジュリアは笑顔でギーゼラに自己紹介した。
「お初にお目に掛かりますフォンウィンコット卿閣下、フォンクライスト卿ギーゼラです。本日から閣下の元で色々と学ばさせていただくので、どうぞよろしくお願いいたします」
ギーゼラはジュリアに敬礼しながら自己紹介した。
「こちらこそよろしくお願いね。私の事は閣下じゃ無くて、ジュリアって呼び捨てにしてくれると嬉しいわ」
「そんな、ウィンコット家の御令嬢を呼び捨てなど・・・・」
「それを言ったらあなただってクライスト家の御令嬢でしょう?私もあなたの事をギーゼラと呼ぶから、あなたもジュリアって呼んで。ねっ?」
ギーゼラはジュリアに呼び捨てにするようお願いされて少々戸惑った。
確かにウィンコット家と同等の十貴族一員のクライスト家出身だが、ギーゼラの場合はクライスト家の養子なのだ。
正当に貴族の血を引くジュリアを、呼び捨てになどギーゼラにとっては心苦しいのだ。
「しかし、私は本日から閣下の部下となる身です。上司を呼び捨てになど出来ません」
ジュリアは『う〜ん』と少し首を傾けながら考え出した。
その直後、何かを思いついた様な顔してギーゼラに向き直って言った。
「それじゃあ上司命令。『今から私の事をジュリアって呼び捨てにする事』いいわね?ギーゼラ」
それを聞いたギーゼラは『ぽかーん』っと呆気に取られる。
そして互いの顔を見合って、何かが弾けた様に2人で笑い出した。
「ふふっ、全くあなたって人は・・・・。閣下の命令、確かに承りました。只今より私は閣下の事をジュリアと呼ばせていただきます」
「そうそう、その調子よギーゼラ」
『ジュリア』という人物が実際あんな感じだって知った時は、私もかなり驚いた。
今まで噂だけしか聞いた事がなかったけど、もっと清楚で、お淑やかで、聡明で、非の打ち所の無い人だとずっと思っていたから。
ジュリアは噂以上に美しく聡明な人だけど、彼女自信が盲目だなんて思わせ無いくらい前向きで明るくて、一緒にいてとても楽しかった。
この先ずっと、私がジュリアの支えとなっていきたい。
しかしギーゼラにとって、もっと凄い衝撃な事が待ち受けていた・・・・・・。
「何をやっておるか貴様等!そんなちんたらした動きでは訓練がいつまで経っても終わらんだろうが!!貴様等のぶしなめしめじちょん切るぞ、こらぁ!!」
「「「「「申し訳ございません!ジュリア軍曹殿。それだけはどうかご勘弁を!!」」」」」
「それが嫌ならもっとしゃきしゃきと動いて訓練せぬか、この亀共!!」
ギーゼラはぽかーんっと成り行きを見守っていた。
今のジュリアは先程の優しい笑みを浮かべてたのとは裏腹に、鬼神の様な面相で兵士達を怒鳴り飛ばしていた。
そんなジュリアを見て、兵士達もびくついている。
(・・・・これがあのジュリア!?)っとギーゼラは思った。
だが、それと同時にギーゼラは自分の中で何かを悟った。
医療部隊としての勤めは、怪我した者を癒すだけでは無い。
兵士の筋力、体力を増幅させるのと同時に腑抜けた根性を叩き直すのも医療部隊以前に軍人としての勤め。
この時、自分もジュリアの様な軍人になるべきだ!っと決意したギーゼラであった。
「・・・・でっ、今に至る訳なのだな?」
「はい、ですから私もジュリアの様に心を鬼にして兵士達と向き合ってるんですよ。閣下」
(何処か論点がずれてる様な気がするのは僕の気のせいだろうか?)
思っても、それを口に出来ないヴォルフラムだった。
そう思ったのはユーリも同じであった。
しかし、ギーゼラがここまで崇拝しているジュリアに関して反論すると、彼女の反応が恐い事になりそうな気がするのであえて2人は何も言わなかった。
こうして、ジュリアは新たな鬼軍曹を誕生させたのだと知った、ユーリとヴォルフラムだった。
END