遠隔攻撃!?
その日、眞魔国のとある港にある一家が上陸した。
入国管理事務所で『大シマロンの貴族である』と堂々と名乗ったその男は一通の書状を携えていた。
それは、眞魔国の友好国であるカロリアの女領主、フリン・ギルビットによる身元保証書兼紹介状であった。
〜カロリア領主からの紹介状〜
親愛なる第27代魔王・ユーリ陛下。
この書状を携えているものは大シマロンから貴国への亡命を希望する者です。
ガイール卿は、大シマロン王ベラールの従兄弟にあたる方です。奥方は小シマロンの出身で私とも面識がございますので、間違いございません。
既にご存知の事とは思いますが、最近大シマロンでは、ベラール陛下の退位を求める動きと共に、王位継承権を持つ者が『不慮の事故』で死亡する事件が多発しております。ガイール卿も身の危険を感じて、妻子と共に亡命を決意なさいました。
どうか、貴国において保護して差し上げてください。 フリン・ギルビット
その頃、血盟城にて、ユーリもフリンからの白ハト便を受け取っていた。
〜フリンからの私信〜
ユーリ、お元気かしら。こちらは新しい国づくりに向けて忙しい毎日です。
この度は面倒なことをお願いして申し訳ありません。
ガイール卿は大シマロンの貴族とは言っても、多く学者を輩出する家柄で、権勢欲など無縁の方です。
大シマロンでは王城の文書館の管理をなさっておいでの方で、話せば魔族に対しても偏見のない方でした。
それで私がいっそ眞魔国に亡命しては、と勧めたのです。
王の従兄弟ということもあり、大シマロンの内部情報にも詳しく、きっとユーリの役に立つ方だと思うわ。
それと、これはごく私的なお願いなのですが、ガイール卿の娘のマリーナさんと仲良くして差し上げて下さらないかしら。
マリーナさんは貴族の姫君とはいえ、とても内気で大人しい方なの。
それに最近、男性恐怖症になられたらしくて、お気の毒なのよ。でも、ユーリならきっと彼女の心を開かせることができると思うわ。
彼女が私の館で過ごしたのはほんの10日間だったけれど、私、マリーナさんの事は本当の妹のように思っているの。それに、とっても可愛らしい方なのよ。
では、よろしくお願いします。 貴方の友・フリンより
「だってさ〜。そんな男性恐怖症の女の子と会ったりして、大丈夫かな?俺、只でさえ女の子の扱いなんて経験値低いのに」
「大丈夫ですよ、ユーリなら。可愛いし」
「こらこらこら、男に可愛いって何だよ!可愛いのは俺じゃなくてマリーナさんだって!」
口では困った困ったと言いながら、会う気満々な名付け子に、その名付け親は複雑な心境だ。
そして、何より、この書状がフリン・ギルビットからのものである、という所が不吉でならない。コンラートははっきり言ってカロリアの女領主が苦手であった。
(くそっ、あの外見だけ白い女め。今度は何を企んでいる?自分がバツイチで年増でユーリの対象外だからって、他の女を紹介してきたのか?)
コンラートがもんもんと過ごすうちに、問題の一家が王都に身柄を送られてきた。
謁見の間に姿を現したのは鼻の下に髯をきれいに整えた貴族男性とその妻だった。玉座の前に方膝を付いて拝する男に、玉座の右に立つギュンターが声を掛ける。
「陛下。そちらに控えておりますのが大シマロンからの亡命希望者、ガイール卿とその妻でございます」
「あ、うん」
「ガイール卿。顔をお上げなさい」
「はい」
「ええっと、ガイール卿。よくいらっしゃいました。あなたの事はカロリアのフリンさんからも聞いています」
「は」
「えっと・・・娘さんは?」
「・・・は?あの、娘は少々気分を悪くしておりまして、失礼かと思ったのですが、今日は部屋に・・・」
いきなり娘の事を言われるとは思っていなかったのだろう。ガイール卿は慌てた。
妻のおとなしそうな女性も無礼だったかと青ざめている。
「あ、いいんだよそれなら。ごめんごめん」
「陛下!・・・では、ガイール卿。貴殿の亡命を受け入れるとなるとわが眞魔国は・・・」
左から話を軌道修正するグウェンダルの声を聞きながら、ユーリは『やっぱり内気なお姫様なんだな』と考えていた。
階の下の脇に立つコンラートは『あれ?大シマロンで見かけた顔かな?』などと考えていた。
だが、よく思い出せない。
そもそも、コンラートは箱に関する情報が目的でベラールに取り入っていたので、他の貴族や軍人には『うさんくさい新参者』と嫌われていたし、コンラートの方から関わることもなかった。
ましてやガイール卿は城の片隅の文書館に居た男だ。せいぜい廊下ですれ違った程度の関係だろう。
「なあ、グウェンダル。やっぱり謁見の間じゃあ、あんまり腹を割った話ってできないよ。私室にお邪魔しちゃ駄目?」
「お前はまたそういう事を・・・」
「だってさ、結局、亡命は受け入れるんだろ?それにさ、なかなか骨のある人だったじゃん!」
「ふむ。・・・まあな」
謁見の間でグウェンダルに亡命受け入れの代償について問われたときに、ガイール卿はきっぱりと言ったのだ。
『カロリアの領主殿は魔王陛下は人と魔族の争いを無くすことを目指しておられると伺っております。平和の為・・・というのなら、私に出来うる限りの協力はいたしましょう。しかし、もしこの眞魔国と我が故郷が開戦するような事態になれば、私も家族もその場で自害いたす覚悟です。確かにベラールは魔族を敵視しておりましたが、シマロン人全てが魔族を憎み、戦いを好んでいる訳ではございません。私は故無き敵意から自身と家族を守るため、貴国におすがりしている身ですが、自分可愛さに故郷の同胞を売るような真似はできません』
結局、ガイール卿は血盟城の客室を与えられている。
「へえ、面白そうな人じゃないか。それに大シマロンの学者さんなら、僕も会ってみたいな」
ソファーで勝手に寛いでいた大賢者までそう言い出して、グウェンダルは無駄な抵抗を諦めた。
「いいか・・・絶対にひとりでは行くなよ。コンラートと一緒に行け」
「グウェン、さんきゅ!」
こうしてグウェンダルの許可を得たユーリは、早速一家に宛がわれた客室に向かった。
コンラートと、もちろん村田とヨザックも一緒だ。
「申し訳ありません。せっかく魔王陛下・大賢者猊下にお運びいただきましたのに、娘は大変内気な性格で・・・その、寝室から出てこられません」
そうなんだ。フリンさんから友達になってやってくれって頼まれてたんだけど・・・」
「フリン・ギルビット殿から?」
「申し訳ありません。娘は・・・どうも男性が苦手で。年下の方ならまだ同席くらいできるのですが・・・」
そういうと、母親はちらっと席の後ろに立つ俺とヨザックを見た。
「マリーナさんって何歳?」
「今年で17歳になります」
「じゃあ、僕と渋谷はぎりぎりセーフだね。ウェラー卿とヨザックは席を外してくれないかな?」
「そういう訳には参りません」
護衛としても当然だが、フリンの思惑通りにユーリとその娘と会わせるのも不安を感じる。どんな思惑か分からないけれど。
「じゃあさ、テラスにでも隠れててよ。カーテンの陰から見てれば良いだろ?」
「はあ・・・」
「仕方ありませんねぇ」
俺とヨザックは仕方なくテラスに出た。少しガラス戸も開けて、中の様子を伺う。
母親が寝室から娘のマリーナ姫の手を引いてきた。
魔王陛下のお越しとあって緊張しているのか、娘はずっと俯いたままだ。
「あ、あの。初めまして。いきなり押しかけて来ちゃってごめんね?」
「・・・・・・」
「その、俺、フリンさんがあなたの事すごく心配しているから、それで様子を見に来たんだけど」
「・・・・・・フリン姉さまが?」
フリンの名に反応して、娘がちょっと顔を上げる。
ふむ。茶色の髪も瞳もありがちだが、小さく整った顔立ちはそれなりに可愛らしい。
まあ、ユーリの隣に並んだら、もう記憶にすら残らないくらい存在感の薄い娘だがな!!
俺のユーリの方が100万倍は可愛い、とユーリの方を見ると・・・
・・・え?何でそんな可愛らしく赤面しちゃってるんですか!?そんな小娘、ヴォルフラムより色気無いでしょう!?
娘の方も予想外に美しくも可愛らしい魔王陛下のご尊顔を拝して呆然としている。まあ、これは良くあることだ。
「うん。マリーナさん、男性恐怖症だから、なんとかならないかって・・・あ、ごめん」
ぎゅっと母親の腕にしがみついた娘にユーリが慌てて謝る。
「渋谷〜。そういうメンタルな問題にいきなり触れるのは紳士じゃないよ〜」
「ああ、だから俺、経験値低いんだって!ごめんね、マリーナさん!」
魔王陛下の謝罪に慌てたのは娘の両親だ。
「いえいえ、陛下。こちらこそ無作法な娘で申し訳ございません!」
「この娘はもともと内気な性格なのですが・・・半年ほど前、ベラールに酷い目に合わされて、それからすっかり・・・」
「え、酷い目って・・・」
「実は・・・それも私たちが国を出た理由のひとつなのですが、私はベラール陛下に呼び出されて、こう言われたのです」
『ガイール卿。そなたには娘があったな。幾つになった?』
『は。娘は今年で17になります』
『そうか。ちょうど良い。その娘、私の部下と結婚させる』
「ええ〜、政略結婚!?こんな若くて可愛い人が!?」
「渋谷。王族には良くあることだよ」
可愛い、と言われた娘がぽっと頬を染めている。だからユーリの方が可愛いのに・・・
「それが・・・相手の男は最近ベラールに取り入った他国の男らしく、あまり評判もよろしくなくて」
「しかも、ベラール陛下がおっしゃるには・・・別に結婚しなくても、とにかくその男の子を産め、とのことだったのです!」
『まあ、別に正式に結婚はせずとも良いのだ。とにかく、その男の子を産ませろ』
『なるべく早くな。娘にもよく言い聞かせておけ』
この眞魔国では絶対に許されない発言だ。特に赤い悪魔の耳に入ったら大変だ。
「なんだよそれ!酷い話だな!」
「へえ。何か血筋に重大な問題がある人物だったのかな」
「いくら閑職に追いやられていようとも、我らとて由緒ある貴族。その娘を子を成す道具扱いするとはあんまりです」
「しかもそんな怪しげな男の子を生めなんて・・・!」
母親も娘の肩を抱いて唇をかみ締めている。
「でも、もう大丈夫だよ、マリーナさん!俺が絶対に守ってあげるからね!」
「・・・魔王陛下(ぽっ)」
娘が上目遣いでユーリを見て、口を開いた。
「ありがとうございます、魔王陛下。あの変態男も、まさか眞魔国までは来ませんよね?」
「・・・変態?」
「マリーナ?その男に会ったのか!?」
「ええ・・・今まで黙っていてごめんなさい、お父様。でも・・・べラール陛下の言いつけに背けば、今度はお父様が苦しい立場になると思って、私・・・」
お父様とお母様がこっそり相談してい内容を聞いてしまった私は、とにかく、相手の男を見てみようと、王城内を捜しました。
その男は、謁見の間を退出する所でした。
驚きました。その男性は、今まで私が出あった、どんな男性よりも素敵だったんです。
すらりとした長身で、整ったお顔立ち。憂いを含んだ眼差し。隙の無い身のこなし。
私・・・ひと目で恋に落ちてしまいました。今思えば、なんと人を見る目の無かったことか・・・
それでも、その時の私はすっかり舞い上がってしまって。
その夜、覚悟を決めて、その方のお部屋を尋ねたのです。
「何だって!マリーナ、そんなはしたない!」
「だって、どうせベラール陛下のお言いつけで結婚することになるのでしょう?それなら、その前に自分で告白しようと思ったのよ」
「しかし、ひとりで男の部屋へ行くなんて、何か間違いがあったら・・・」
娘の言葉に、母親がさっと蒼ざめる。
「そういえば、あなた・・・その頃から急に男性を怖がるように・・・まさか」
「違うわ、お母さま!私、お部屋の前まで行ったけれど・・・入れてもらえなかったの」
「まあ、意外と紳士的な方で良かったわ」
「それも違うの!あの男は『今は大事な時間だから邪魔をするな』って言ったのよ。それでドアを閉めてしまって・・・私、悔しかったからそっと鍵穴から覗いてやったの。そうしたらね・・・」
げごん!!
「きゃあ!!」
「うわっ、ヨザック!どうしたんだよ!」
俺は大急ぎで、ヨザックを室内に蹴倒した。
急に倒れこんできた大男に、娘は悲鳴をあげ、母親にしがみついて、顔を伏せる。
「ああ、すみませんユーリ。ヨザックのヤツ、急に倒れてしまって。貧血かな?」
俺は介抱する振りをしながら、倒れたヨザックの頚動脈の上を圧迫する。
「ちょ、たいちょ・・・ひ」
「ほら、お前は貧血だ。そうだな?」
「は・・・ひ」
幼馴染はうまく話を合わせてくれそうだ。
「ごめん、テラスそんなに暑かった?」
「いえ、ヨザは意外と脆弱みたいですね。すみません、お話の途中ですが今日はこれくらいに・・・」
「そうだな。じゃあ、今日はこれで失礼します。驚かしてゴメンね、マリーナさん」
娘は俺とヨザを見ないように、ユーリにだけ答えた。
「はい、ありがとうございました。私もお話できてすっきりしましたわ」
「それなら良かった。・・・じゃあね」
俺はヨザックを担いで娘と顔を会わせないように部屋を出た。
そうか、あの時の娘か。印象に残りにくい顔立ちの娘だったので思い出せなかった。
まさか、アレを見られていようとは。
だって・・・
だって・・・!
だって・・・!!
寂しかったんだもん!!
それにしても、フリン・ギルビットめ。知っていて送り込んできたんじゃないだろうな!?
結局、俺はガイール一家の身元引受人が決まって血盟城を去るまで、彼らと顔を合わせないように、しかもユーリに不審がられないように逃げ隠れする羽目になった。
それもこれも、あの女領主の所為だ!!
〜フリンからの私信〜
ユーリ、マリーナさんを元気付けてくれてありがとう。
昨日、マリーナさんから眞魔国で楽しく暮らしているって手紙が届いたわ。
両親にも全てを話してすっきりしたそうよ。ユーリは聞いたかしら。
マリーナさんを追い返した男は、ソファーに居る誰かに親しげに話しかけていたんですって。
でも、よく見れば、それは大きなぬいぐるみで、しかも、紙に黒の顔料で描いたお面をしていたそうよ。
絵が下手すぎて、顔に見えなかったそうですけどね。
その男は、ぬいぐるみの前にそっと方膝をつくと、うやうやしくその手を取って口付けると、こう言ったそうよ。
『ああ、先ほどの女は気にしないで下さい。勝手に押しかけてきたどこかのあばずれ女です。私の心に住まう方はあなただけだ、ゆう・・・』
最後の方は男がぬいぐるみを押し倒してしまって、よく聞こえなかったそうだけど、それ以前に、気持ち悪さでめまいがして倒れてしまったんですって。
酷い男よね、ぬいぐるみ相手の変態の癖に彼女の事「あばずれ」なんて。
それ以来、彼女はすっかり男性不信だったのよ。
でも、ユーリと話して、世の中にはまともな男性も居るんだって思えるようになったそうよ。私からもお礼を言うわ。
ありがとうございました。 あなたの友・フリンより。
「へえ、そんな話だったのか。世の中には変なヤツがいるんだな」
「そ、そうですね・・・はは、グウェンより変ですね・・・はは」
「こらこら。お前のお兄ちゃんはぬいぐるみ押し倒したりしないだろ?一緒にしちゃ悪いよ、そんな変態と」
「おい、私がどうかしたか?」
「あっ、グウェン!何でもない、何でもないんだ」
「あれ、何、その大きな編みぐるみ?」
「ああ、これはコンラートに」
「・・・俺に?」
「要らないのか?猊下からお聞きしたのだが・・・コンラートが大きな、できれば等身大の編みぐるみを欲しがっていると」
・・・気付かれた!!
END
前壁様、ヨシのお馬鹿なリクエストに応えていただきありがとうございました〜♪