振り返られる過去と向き合った想い 後編
キアスンの退場後、静かな空気がミレーユとツェリ様を包む。
ツェリ様はミレーユの隣へ行くと、静かに語り出した。
「オディールが言っていたわ、コンラートとジュリアの婚約に最後まで反対している頑固者がいると。それはあなたの事だったのね、ミレーユ」
「反対・・・とは少し違いますね。私はジュリアの意志を無視して事を進めてほしく無かっただけです」
「あの頃の私は・・・ジュリアは本当はコンラートの事を愛しているんだと信じて疑って無かったわ。コンラートもジュリアも、『大切な人』と互いを想っていた・・・。だから・・・」
「そうだとしても、『大切な人』が必ずしも恋愛に繋がるのでしょうか?私にも守りたいと想う『大切な人』はたくさんいます。ですが、その『大切な人』達に親愛の情を持ち合わせていても恋愛の情までは持ち合わせておりません」
ミレーユは隣にいるツェリ様の姿を見据えて話しを続ける。
「ジュリアは生前言っておりました。恋愛も結婚も、心に決めた相手はアーダルベルトただ1人だと。あの義姉は他人が何と言おうと、自分の意志は最後まで貫き通す頑固者です。ですから、コンラートの事は同じ夢を共有する同志として大切に想っていても、恋愛の対象とまでは見れない・・・と」
「そうだったの・・・。私は、本当に愚か者ね。愛の狩人としても、ジュリアの親友としても失格よね」
ツェリ様は下を向き自嘲気味に笑う。
「ツェリ様、1つだけ・・・お聞きしてもよろしいですか?」
「・・・・・」
ツェリ様は何も言わず、じっとミレーユの顔を見た。
自分は何を問い詰められるのだろう?と少し不安が入り混じった様な目で。
それでも、自分はこの場から逃げてはいけない。
今この場を逃げたらこれから先、本当にジュリアに顔向け出来なくなってしまう様な気がしたから。
ツェリ様は意を決した様に、こくんと首を縦に振った。
「その愛の狩人であるツェリ様が、何故ジュリアはアーダルベルトより、コンラートを愛してると思ったのですか?ジュリアの親友であるあなたなら、ジュリアの真意を聞きだす事や、どれだけアーダルベルトを想っていたかを聞く機会はあった筈。それなのに、何故?」
「・・・ミレーユも知ってると思うけど、あの頃のコンラートは混血と迫害され続けてきた。そんな中、ジュリアだけがコンラートを何の隔ても無く接してくれた。コンラートもジュリアには心を開いている様だった。その時、私は思ったの。ジュリアならきっと、コンラートを支えて幸せに導いてくれる・・・と。だからこそ私は、ジュリアはアーダルベルトでは無く、コンラートと結婚してほしかった!」
「それが、愛の狩人であるあなたのご決断だったんですか?」
「えぇ、そうよ。私は愛の狩人である前に、愛する息子の幸せを願う1人の母親なの!母親が息子の幸せを願う事がそんなにいけない事?」
「・・・・・」
ツェリ様の我が子を思う気持ちを分からない訳では無い。
それでも、ジュリアとコンラートの婚約を賛成する事だけは、私はどうしても出来なかった・・・・・。
ご先祖が大シマロンの王家の血を引いていたというウェラー家、古の昔に大陸の南端を治めていたというウィンコット家。
傍から見れば、ジュリアとコンラートが結ばれるのは運命的な物を感じるかもしれない。
2人が結ばれて子孫を残すという事は、反シマロン勢力の絶好の反撃の旗頭になったとも言われてた。
実際に、コンラートとジュリアの縁談の話しが持ち上がった時は、2人の婚約を賛成する者が多かったという・・・。
でも・・・反撃の旗頭を建てる為とはいえ、他人の意志を犠牲にしなくてはいけない物?
私はそういう考えは賛成出来ない。
旗頭を上げるのならば、他人の意志を犠牲にしなくても、自分達の覚悟と決断と度胸があればいつでも上げられる。
反撃の為の戦力が足らないのならば、己自信を鍛え上げろ!
他人に甘えるという軟弱な根性を叩き直せ!
それが出来ない奴等が『反シマロン勢力』と名乗るなど片腹痛い!
ジュリアとコンラートは、そんな奴等の戦争の道具なんかでも操り人形なんかでも無い!
自分の意志を裏切ってまで、そんな運命なんかに屈したくは無い!
例え死が待ち受けていたとしても、その運命に逆らったジュリアの気持ちは良く分かるわ。
私がジュリアと同じ立場だったとしたらきっと、ジュリアと同じ道を選んだと思うから。
「もし・・・ジュリアがコンラートの婚約を承諾していたら、ミレーユはどうしてたかしら?」
「その時は、私も2人の婚約を反対する理由はありませんよ、ツェリ様」
「でも・・・もしそうだとしたら、あなたはジュリアを軽蔑していたでしょう?分かるのよ、あなたとジュリアは血の繋がりは無くてもよく似ているから。もし、ミレーユとジュリアが逆の立場だったら、ジュリアもきっとあなたの意志を最優先にして最後まで反対していたでしょうね」
ミレーユは驚いた様な顔でツェリ様を見る。
何だ・・・よく分かってるじゃないですか、ツェリ様。
もし、ジュリアがアーダルベルトをあっさりと裏切ってコンラートとの婚約を承諾したのなら、私はジュリアの頬を思い切り引っ叩いてこう言っただろう。
『見損なった、あんたの意志がそんなにも脆くて最低な女とは思わなかったわ!そんな奴にアーダルベルトみたいな良い男は勿体無いわよ!!』・・・・と。
そして、私がもし逆の立場でそんな選択を選んだとしたら、ジュリアもきっと同じ事を言っていたかもしれないわね。
あの無鉄砲な義姉と同列に扱われるのは昔は癪だと思ったけど、今は不思議と誇りに思えるわ。
私も・・・あんたの意志を立派に引き継いでいるんだと、自惚れても良いわよね?・・・義姉さん。
そう考えてると、ミレーユは自分でも気づかないうちに俄かに笑みを漏らしていた。
「ツェリ様、やはりあなたはジュリアの良き親友です」
そして次の瞬間、真剣な表情に戻してツェリ様に言った。
「ですから尚の事、憶測で物事を語っていただくのは止めてください。ジュリアの為にも・・・」
ツェリ様は『はっ・・・』とした表情をしながら言った。
「コンラートとジュリアは、『あのまま戦があければ、いずれは結ばれていたろう・・・』の事ね。そうね、あれは私の憶測、願望に過ぎなかった・・・。本当にそうなってくれたらと、何度も思ったわ。でも、それが結果的にジュリアを苦しめてる事になるのね・・・」
愚かな私を許さなくてもいい。
でも、親友としてあなたに謝らせて。
ごめんなさい・・・、ジュリア・・・。
私は、今この場に存在する筈も無いジュリアに向かって謝罪した。
届くかどうかも分からない願いを込めて、夜空の彼方へと・・・。
「子供を産んでない私が言える立場では無いと思いますけど、ツェリ様が我が子の幸せを願う気持ちも私は分かるつもりです」
「ミレーユ・・・」
「でも、ジュリアだけがコンラートを幸せに導くとは限りませんよ。だって、コンラートはジュリアがいなくてもあんなに幸せそうにしてるではありませんか。ほら・・・」
ミレーユは、賑やかに騒がしく開かれてる宴会場の中を、ツェリ様に見る様に促した。
その中には、コンラッドの姿があった。
コンラッドの直ぐ隣にユーリ、その周りをキャンキャン騒ぐヴォルフラム、アニシナにもにたあになれとせがまれて表情を蒼白させながら逃げ回るグウェンとギュンターの姿があった。
話し声までは聞こえないが、それを見ているユーリが助けなくて良いのか?とコンラッドに聞き、コンラッドがあの2人なら大丈夫ですよと言っているのが安易に想像が付いた。
その騒動を見てるコンラッド達は可笑しそうに笑っていた。
あの子・・・いつの間にあんな風に笑う様になったのかしら?
ツェリ様の知るコンラッドの笑顔は、心の底から笑ってる感じはしない作り笑顔だけだった。
それが今は心の底からコンラッドは笑ってる。
そんなコンラッドの笑顔を見ると、ツェリ様の心がほんわりと暖かくなってくる様な気がした。
「ジュリアの存在はコンラートを幸せにする事じゃ無く、幸せになる為の切っ掛けだったのではないでしょうか?」
「そうね・・・あの子はあんなにも幸せそうに笑ってる。ジュリアがいなくても・・・」
私が心配しなくても、あの子は自分が幸せでいられる場所を自分で見つけられるんですもの。
もう、母親の手なんか必要無いのでしょうね。
でも、私は生きてる限りあの子達の幸せを見守り続ける。
それが、母親である私の役目なのだから。
こちらをを見ているミレーユとツェリ様の視線に気づいたコンラッドが、2人がいるベランダの方へと来た。
「母上、ミレーユと一緒だったのですね。いつまで外にいるつもりですか?あまり長居してると風邪を引きますよ」
「え・・・えぇ、もう直ぐ戻るから中で待っててちょうだい」
「分かりました。2人共早く中へ戻ってくださいね」
そう言ってコンラッドはユーリ達の元へと戻って行った。
ツェリ様はちらりとミレーユを見る。
すると、ミレーユはツェリ様の方を見て微笑みながら言った。
「そろそろ中へ戻りましょうか?」
「もう良いの?あなた達は、私を恨む権利があるわ。私が愚かだったせいで、あなたの義姉が亡くなったのも当然なのに・・・」
ミレーユは目を瞑り、首を横に振りながら言った。
「私が話したかった事は済みましたから。それに、私はツェリ様を恨んでいませんよ。ジュリアの事はジュリア自信が決めた決断の結果です。自分の願いを叶える為に。ですから、ツェリ様が悔やまれる事はありません。私が言いたかった事は、ジュリアの想いを偽りで他の人に語られたく無い事だけですから」
「・・・・・」
「もし、ジュリアが出会ったのがアーダルベルトよりコンラートの方が先でしたら、結果はまた変わってたかもしれません。どちらにしても、ジュリア自信の事を決められるのはジュリアだけなのですから」
だから、誰にも口出す権利なんか最初から無かった。
「辛気臭い話しはもう終わりにしましょう。私も、警備の方へと戻らないと行けない時間ですから。生意気な事を言って本当にすみませんでした」
ミレーユはツェリ様に向かってぺこりとお辞儀した。
また、ツェリ様もミレーユにお辞儀しながら言った。
「いいえ、私の方こそごめんなさい。ずっと謝らなくてはいけない事に、私は今まで目を逸らし続けていた。本当にごめんなさい」
ミレーユは顔を上げて、ツェリ様の手を取りながら言った。
「それを謝る相手は私ではありませんよ、ツェリ様」
「えぇ、それはジュリアに・・・でしょう?」
ありがとう、ミレーユ。
あなたのお陰で、本当の意味でジュリアに謝罪できた気がする。
「さぁ、宴へと戻りましょう、ミレーユ」
「はい、ツェリ様」
ミレーユとツェリ様はベランダを後にして、宴へと戻って行った。
ツェリ様と別れたミレーユの所に、コンラッドが近付いてきた。
「ミレーユ、母上と深刻そうな話しをしていたみたいだが何かあったのか?」
「何でも無いわ。ただ、あんたとジュリアが婚約したかもしれないという話しをしていただけよ」
「そうか、俺もジュリアもその気は無かったのに、どんどん婚約の話しが進んだ時は流石に俺も焦ったな」
ミレーユはくすくす笑いながら言った。
「でしょうね。ジュリアも言ってたわ、『へたれと結婚する気はございません!』ってね」
コンラッドは手厳しいなと言いながら苦笑した。
「そういえば、ツェリ様は知ってるのかしら?あんたがジュリアの子分その1・・・・」
ミレーユが話してる途中にユーリがコンラッドの後ろからひょっこりと顔を出す。
「何、何?子分その1って」
ユーリは目を輝かせながらミレーユに近付き話しを聞こうとした。
「こんばんは、ユーリ陛下。『子分その1』と言うのは、実は・・・・」
「わー!その事は言うな、ミレーユ!!」
昔の出来事をユーリに話そうとするミレーユを、コンラッドは必死に邪魔をした。
賑やかな宴はまだ続きそうであった。
END
コンラッドとジュリアとアーダルベルトの3人の関係。
原作でもアダジュリが公式だと信じて、今回の話しをヨシなりに妄想してみました。
いつかはコンラッドとジュリアの過去話しも執筆してみたい。
コンジュリCPじゃなくてジュリア軍曹と子分その1の扱いされてるコンラッドとか・・・。
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