1つの終着点ともう1つの始まり 後編
コンラッドが地球に赴いて早数年、ミレーユは物思いにふけていた。
そんな彼女に、ウルリーケが話し掛けた。
「ウェラー卿が地球に赴いてからもう大分経ちますね、ミレーユ」
「ウルリーケ様」
いきなりウルリーケに話し掛けられて、はっとした感じでミレーユは振り返る。
「最近、ぼんやりしている事が多いみたいですね。彼が心配ですか?」
「いえ、そういう訳では・・・・。すみません、恥ずかしながら気が弛んでいたみたいで」
「良いのですよ、気を張ってばかりでは疲れますからね。ただでさえあなたは、ここの警備部隊長に就任したばかりなのですから。今の様な穏やかな時だけでも、気を休めてください」
「はい、ありがとうございます」
一息吐いてから、ミレーユがウルリーケに話し掛けた。
「眞王陛下からお告げがあったと聞きました。地球で魔王となる者が誕生したそうですね」
「えぇ、ウェラー卿は大切な人の魂を安心して預けられるべき人に託した様です」
「そうでなくては困ります。もしあのへたれが間違った選択していたら、その時は思いっきりぶん殴ってやります」
「まぁ・・・・」
ウルリーケがクスクスと笑った。
「笑い事ではありません、ウルリーケ様。それはジュリアが私に残した遺言でもあるのですから。『あのへたれが選択を誤る様な時は、思いっきりぶん殴って目を覚まさしてやれ』っと」
「スザナ・ジュリアらしいですね。本当に彼女は最後の最後まで強くて気高い女性だったのですね」
「・・・・・・・・」
・・・・戦争に赴く前日に、ジュリアに今までもこれからも幸せか?と聞いたっけ。
そしたらあんたは笑いながらこう応えたわね・・・・・。
『勿論、幸せよ。大好きな人達に出会えて・・・・そして何よりも、ずっと一緒に添い遂げたいと心から想える人とも出会えたのだから。その人達の中でも、私がずっと笑っていてくれるのならもっと幸せよ。その人達も幸せでいてくれたら本当に最高だわ』
あの時、ジュリアの中ではとっくに覚悟が出来てたのね。
アーダルベルトの前でも決して涙を流さなかったのは、愛した人の中の記憶にも幸せと笑っている自分を残す為に。
あの人の前で悲しい涙を見せてたら、今以上に眞王陛下や魔族への恨みが深くなってたでしょうね。
もしジュリアの魂をコンラートでは無く、アーダルベルトに預けてたらどうなっていただろうか?
あの人の性格なら、その魂を胸に抱いたまま誰にも見つからない場所へと行くか、もしくは・・・・。
ジュリアの真意を話したとしても、魔王誕生の任命なんか死んでも従わなさそうな気もするけど。
眞王陛下から処罰が下されたとしても、彼はきっとジュリアの魂を手放さない。
自分の命なんか惜しくない程、深くジュリアを愛してたから・・・・・。
最初は疑問に思ってたけど今なら分かる気がするの、ジュリアが何故アーダルベルトに自分の魂を預けなかったのか。
自分の魂を愛した人に預けると言う事は、これから先もその人が自分に捕らわれ続けるのと同じ事。
それではその人はいつまで経っても幸せになんかなれない、いつまで経っても前になんか進めない。
ジュリアは心から愛した人だからこそ、誰よりも幸せになってほしいと願わずにはいられなかったんだと思う。
だから、同じ願いを共有したコンラートに願いを託した。
同志であるコンラートなら、何が起きたとしても願いを受け継いでくれると信じて。
そうでしょう?ジュリア・・・・。
アーダルベルトも今は敵対しているけど、いつかは・・・・・。
「・・・・・私もジュリアの様に、強く気高くありたいものです」
「強くなれますよ、あなたがその思いを持ち続ける限り」
それから暫らくして、コンラートは眞魔国に戻って来た。
戻った時の彼は実に晴れやかな表情していた。
私も最初見た時、別人かと思った程に。
『世界と皆を照らす小さな太陽が生まれたんだ、ミレーユ。あの人に出会わせてくれた事を、俺はジュリアに心から感謝しているよ』
始めはコンラートが何を言ってるのかよく分からなかった。
1つだけ分かった事は、あの廃人の様だった彼をここまで変化させた人物こそいずれこの国に君臨する魔王陛下なのだと・・・・・。
そしてさらに、16年以上の歳月が流れた・・・・・
「ぷはっ!何だってんだよ今回は!?それよりここは何処だ?」
という事で、成長して眞魔国の魔王となった渋谷有利は毎度の事ながら唐突な呼び出しを喰らっていた。
大体のパターンは血盟城の風呂場か眞王廟の中庭の噴水に到着するのだが、今回到着した場所はどうやら見た事の無い泉だった。
「おーい、コンラッド、ヴォルフラム、誰かいないのー?」
ユーリは自分を迎えに来る人物の名を呼ぶが、辺りはシーンと静まり返っていた。
誰もいないのかと思ったのも束の間、草むらの方からがさっと音がした。
「誰かいるの?コンラッド?」
そう言いながらユーリが音がした草むらの方へ振り返ると、そこから出てきた人物はコンラッドでは無かった。
「何だ誰かいるかと思ったらお前か、坊主」
「アーダルマッチョ?!」
ユーリにとっては羨ましいと思うくらい立派な筋肉質な肉体を持つ顎割れのゴツイ男、その名はアーダルベルト。
「相変わらず失礼な坊主だな。俺をマッチョって呼ぶな!」
アーダルベルトがそう言うと、ユーリは顔をぷくっと膨らませながら言った。
「だったらあんたも坊主って呼ぶなよ!アーダルベルト」
「それは悪かったな、ユーリ。そういやぁ、いつもの連れはいないのか?」
「うん、俺たった今地球からここに呼び出されたばかりでさ、誰もいないんだ」
「なるほどな・・・どうりでこの寒い中泉の水に浸かってるって訳だ」
泉の中にいるユーリにアーダルベルトは近付いて、自分の大きいごつごつした手を差し伸べた。
「ほら、掴まれ。いい加減に上がらないと風邪引くぞ?」
「あ・・・ありがとう」
ユーリは素直にお礼を言って、アーダルベルトの手に掴まって泉から這い上がった。
「くしゅん!う〜、寒い」
「たくっ、仕方無ぇな」
アーダルベルトが自分の羽織っていたマントを、ユーリの肩に掛けた。
「これで少しの間我慢してろ。今火を焚いてやるから」
何だかんだ言って面倒見が良いアーダルベルトは、その場から少し移動した所で木の枝を集めて火を熾してくれた。
その焚き火を囲む様に、2人は向かい合わせで座った。
ついでに先程の泉から取ってきたかどうかは分からないが、何処からか魚を取り出して串刺しにして熾した火で焼いた。
実はお腹が空いていたユーリは、魚が焼けてくる時に漂う美味しそうな匂いが鼻につくと同時に、ぐ〜っと腹の虫が鳴った。
「腹減ってるのか?」
「え・・・・えっと///」
「ほら、食え」
アーダルベルトが焼けた魚をユーリにすっと差し出した。
「良いの?俺が貰っても」
「あぁ、お前の分も初めから焼いてたからな」
「ありがとう、いただきます」
焼き魚を受け取ったユーリは、ふーふーと息を吐いて丁度良い具合に冷ましてからがつがつと食べだした。
よっぽどお腹が減っていたのか、あっという間に魚を食べ終えたユーリだった。
仮にも一国の王がそんな警戒心が無くても大丈夫か?と思いながらアーダルベルトも焼けた魚を頬張りながらユーリを見ていた。
「お前さんは本当に警戒心が無いと言うか、深く物事を考えないと言うか・・・・仮にも魔王がそんなに安心して差し出された物を口にして良いのか?普通なら毒が入ってるかもしれないとか疑うもんだろう」
「前々から言ってると思うけど、俺はしがない庶民派だからね。確かに魔王かもしれないけど、魔王らしくしろと言われてもよく分からないし。それに・・・・」
ユーリはコンラッドから譲り受けた青く輝く魔石を握り締めながら言った。
「・・・それに、何となく分かるんだ。あんたはもう俺に危害を加えない」
「・・・・・・・」
アーダルベルトも魚を食べ終え、串を地面に置いてユーリを無言で見据えた。
「あっ、深い意味は無いよ?そんな気がするだけで・・・・」
無言で見つめてきたアーダルベルトに居た堪れなくなったのか、ユーリは必死に弁明し始めた。
「それは・・・・お前がジュリアの生まれ変わりだからか?だから、俺がお前に危害を加えないと言い切れるのか?」
そう言ったアーダルベルトの顔をユーリはじっと見て何も言えなかった。
根拠なんて何も無いのだから自分自身はそんなつもりは無くとも、そういう風に解釈されても仕方が無いと思った。
「勘違いするな、俺はお前がジュリアの生まれ変わりだからと言って手を出さない訳じゃ無い」
「うん・・・・・」
「こんな風に助けたり守ったりするのも、お前の為じゃない。ジュリアが残した遺志を守る為だ。もしお前が・・・・あいつが命を掛けてお前に託した遺志を無駄にする様な事があれば、その時は俺がお前を殺す」
それが・・・愛した女を守りきれなかった、今の俺にとって進むべき道だ。
「そんな事・・・・」
「ユーリは絶対にそんな事しないよ、アーダルベルト。お前がユーリに危害を加える事があるとするなら、その時は俺がお前を殺す」
ユーリとアーダルベルトの元に、ユーリを迎えに来たコンラッドが現れた。
「コンラッド!」
「遅くなってすみません、ユーリ」
「よぉ、コンラッド。随分と遅い登場だな」
コンラッドがユーリを立たせて、自分の背後へと守る様に隠す。
「ユーリを保護したくれた事だけは礼を言おう。すまない、アーダルベルト」
「俺は別に礼を言われる程の事はして無ぇよ」
焚き火の始末をしてから、アーダルベルトもすっと立ち上がった。
「ユーリ、お前がジュリアの理想の平和な世界を築き上げろ。あいつが命を掛けてまで守った願いを、この俺に見せてみろ」
「・・・・うん、約束する。ジュリアさんの願いと遺志は絶対に無駄になんかしない。あんたが眞魔国に戻っても良いと思える世界を、きっと築き上げるから!」
ユーリがそう言うと、アーダルベルトがふっと笑った。
「期待しないで待ってるぜ?じゃあな、お前等」
「待って、アーダルベルト」
コンラッドの背後にいたユーリが立ち去ろうとするアーダルベルトに近付いて、借りていたマントを返した。
「マント、借してくれてありがとう。また会おうな、アーダルベルト」
アーダルベルトはユーリの手から渡されたマントを羽織り、2人の元から去って行った。
「怪我はありませんか?ユーリ。本来なら血盟城へとお呼びする筈だったのですが、何故か謎のアクシデントが起きて予定とは違う場所に飛ばされてしまったみたいなのです」
「うん、大丈夫。そういえば、俺が初めて眞魔国に来た時も似た様なアクシデントが起きなかった?」
「はい、ウルリーケ達の方はちゃんと手順通りにあなたを呼び出してる筈なのですが、何故この様な現象が起こるのか未だに謎なんですよ」
「そっか、今回もそうだけど初めて来た時もアーダルベルトがいた場所だったよな。もしかして、俺の中にいるジュリアさんがアーダルベルトに会いたいがってたからだったりして?なーんてな」
あははって笑うユーリだが、コンラッドは先程言ったユーリの言葉にある事を思い出した。
たしか、ジュリアが生前に言ってたな・・・・・。
『もし私の目が見える様になったら色んな物や風景、見たいのがたくさんあるわ。でもね・・・・1番最初に見たいのは私が選んだ相手の姿、アーダルベルトの顔よ』
もしかしてユーリが1番最初にアーダルベルトに出会ったのも、ジュリアの思念が入っていたのかもしれませんね。
自分が生きてる間に果たせなかった事を、生まれ変わってから真っ先に達成させる辺りがますますジュリアらしい。
今はもう遠い昔の記憶の中で生きる同志が、俺の・・・俺達の太陽と共に見守ってくれてるんだと改めてコンラッドは思った。
俺達はあの頃と比べたら大分今の立場が変わってしまったな。
あの頃はアーダルベルトはジュリア自身を、俺はジュリアがいつまでも安心して笑っていられる様に彼女自身の居場所を・・・・。
だが今は俺がユーリ自身を、アーダルベルトがユーリの中で生き続けるジュリアの遺志を守っている。
ジュリア・・・・今世界は君が望んだ通りに動き出している、ユーリの力で。
俺達が叶えたかった願いが現実になろうとするのも、君が俺とユーリを出会わせてくれたお陰だ。
本当に、感謝してもしきれない。
俺はこれからも、今を一生懸命にユーリと共に生きようと思う。
「さぁユーリ、皆があなたのお帰りをお待ちです。そろそろ行きましょうか」
「おぅ、行こうぜ!」
平和な世界を願っていた1人の女性の物語は終わってしまったけど、皆が幸せになる為の物語はまだ始まったばかりである事を彼等は深く噛み締めていた。
END
1つの終着点ともう1つの始まりはこれにて完結です。
根っからのギャグ体質のヨシが真面目っぽい話しを執筆するとやはり何かと疲れますな( ̄▽ ̄;)
return